風の詩が聞こえない
2004年2月27日、強いめまいと吐き気と共に、私は右耳の聴力を失った。
起きられない私を気遣ってかかってきた電話。
寝床から手を伸ばして、いつもの耳に当てた受話器から、父の声は聞こえなかった。
めまいがおさまって体調が落ち着いた5日目、耳鼻科を訪れた私は、大きな病院を
紹介され、速やかな入院を勧められた。
翌日紹介状をもって行った病院で検査、診察、そして即日入院の勧告。
娘が付き添ってくれていた。
入院したその日から点滴の治療が始まり、安静を言い渡された。
ピンク色のその点滴に「ももちゃん」と名前を付けた私は、ポタリポタリと体に入っていく
液を眺めながら、「ももちゃん、がんばってね。」と、毎日心の中でつぶやいた。
病室から見えるライトアップされた東寺の五重塔にも祈りを捧げた。
「ももちゃん」の効果がないと判断した医師は、薬の種類を替えた。
今度は「しろちゃん」と名付けた。
7月に出産を控え、大きなお腹をかかえながらも、笑顔で仕事に励む看護士さんも
「しろちゃん、がんばって」と声をかけてくれた。
「薬石効なく・・・」なぜか心に浮かぶこの言葉。
「きっと時間が、楽なところに連れて行ってくれるよ。」ささやくもう一人の私。
これを虫の知らせというのだろうか。
10日間の入院は、悲しい結果に終わった。
退院後、外を歩いた。
病院の中にいるときは聞こえなかった音・・・風の音が左耳に聞こえた。
右の耳からは、病院にいたときと同じ耳鳴りの音だけが・・・。
「ああ、やっぱり聞こえてないんだ」
夢ではない現実。
涙がジワッと湧いてきた。 (2006年1月18日)